みなもと先生画業40周年パーティー


残暑厳しい9月1日、一通の往復はがきがポストの中に入っていました。
それには「みなもと太郎君の画業40周年等を祝う会」のご案内と書かれていて、差出人は「みなもと太郎君の画業40周年等を祝う会」事務局となっていました。
裏面には9月23日に新宿でみなもと先生の作家活動40年等(等って?)を祝うパーティーが行われると書いてあります。
そして発起人会には「糸井重里、呉 智英、さいとう・たかを、馬場吉明、水野英子、三谷幸喜、米沢英子」の各氏のお名前が載っていて、返信はがき返送先がリイド社になっているではありませんか。
ななな、なんですと!。とんでもなくオフィシャルなパーティーではないですか。
こんなオフィシャルなパーティーは手塚賞記念パーティー以来です。私なんぞがお邪魔しても良いモノなのでしょうか。(と、言いつつ参加に○ふっている私。^_^;)
いったいどんなパーティーになるのか、わくわくしながら9月23日を待ちました。

そして当日。
朝から体を清め(朝風呂に入り)万全の準備を行い、午後1時過ぎに四日市を出まして一路東京へ。
その四日市を出たところで、去年京都でお世話になった幕末京都竜馬会のHさんから電話があり「私も招待されました。今、京都を出たところです」とのこと。現地で会うのがますます楽しみになりました。
さて東京も近くなってきたところで、時間の余裕があるので秋葉原で「萌え〜〜」しようかと思ったのですが、結局品川で降りまして山手線に乗り込みました。で、ふと前を見ると、なななんとHさんが居るではありませんか。同じ新幹線、同じ電車に乗っていたんですね。偶然ってオトろしい。
二人して新宿まで行き、二次会会場を確認してパーティー会場まで歩くこと約10分。大きな荷物と長モノをを抱えたHさん、本当にご苦労様です。

会場の厚生年金会館に着いたのが午後5時前。ロイヤルホール前に行くと結婚式が行われていました。やはり早すぎました。会館2Fのコーヒーショップで時間つぶしと決め込んでお店にはいると、見覚えのある顔ぶれが忙しそうに打ち合わせをしていました。事務局の高橋さん、工藤さん、嶌津さん、そして前回もお会いしたリイド社部長の林さん、等々そうそうたる面々がお見えでした。
午後6時前に会場前に行くと、みなもと先生とご友人で去年の大阪でお世話になった松村さんがニコニコしながらお見えになりました。
松村さんからは先生のデビュー前後の様子をお聞きしました。
先生のご実家の隣には、ザ・タイガーズのメンバー加橋かつみ(トッポ)の家があり顔見知りだったことから、デビュー作「兄貴かんぱい」が生まれたわけですが、それ故にタイガーズ絡みのエピソードが色々あったようです。
ピース缶にお金を入れて麻雀していたが彼らに勝てなかった、と仰っていました。芸能人は麻雀が強いのか、はたまた芸能界で揉まれたおかげ、なのでしょうか。

そして受付開始時間となりました。

見る見るうちに長い行列が出来ました。その中にはなんだか見覚えのある人々が。里中満智子先生、夏目房之介先生、いしかわじゅん先生などそうそうたる顔ぶれ。皆さん行列に参加しているのです。事務局の方に聞いてみたら「皆さん同じ立場でお見えになっている、と言うことでご容赦お願いします」と言ってました。

開始時間の6時半を少々過ぎてパーティー開始です。

まずはみなもと先生のご挨拶。先生、ずいぶん照れていらっしゃいましたね。

ここで「画業40周年等を祝う会」の「等」の意味が分かりました。みなもと先生今年で60歳になられました。還暦祝いなんですね。還暦でコミケに同人誌を出して自ら売り子をしているなんて、とても還暦おじさんのパワーとは思えません。ホントにパワフルです。
続いてお祝いの言葉が参加者から披露されました。
写真に残せたのがバロン吉元先生のガンマンスピーチの様子です。
拳銃を打ちながらのパフォーマンスは、上手く拳銃が撃てずに少しタイミングが外れてしまいましたが、会場は大いにわき上がりました。


さて、その頃になると広い会場は人であふれんばかりになりました。が、寄せ書きに用意された大きな色紙にはほとんど書き込みがありません。皆さん遠慮されているのです。会場の後ろに色紙を置いていてもなかなか書いてはくれそうにありませんでしたので、スタッフに「私が会場を回って皆さんに書いて頂くようにお願いしましょうか」と提案したところ、「お願いします!」との答えを頂いたので行動開始。この色紙が書き込みで埋まるまで飲み食い中止です。
結局、最初の乾杯の一口だけしか飲むことが出来ませんでした。その分は二次会で取り戻します。(^_^;
その成果(?)のおかげで大きな色紙2枚がお祝いの言葉とイラストで埋め尽くされました。皆さん口々に「これをまんだらげに持って行ったら高値が付くんじゃないの。」との言っておりました。私も同感です。写真でお見せできないのが残念です。

パーティーも中盤になり、みなもと先生のお色直し(?)です。で、再登場した衣装がなんとホモホモ7!!。

あとで色々調べて分かったのですが、この格好でガイナックスの仮装忘年会に出席されたそうです。ネクタイは同じ柄のモノをつないで作ったとか。このパワフルさが有るからこそあの傑作が出来たんですね。

パーティーもそろそろ終了時間となり、時間に余裕のある人が二次会になだれ込みました。二次会会場は手塚賞の三次会にも使われた新宿駅近くの「浪漫房」。ここで明け方まで飲み明かすことになりました。
ここでも先生は精力的に各テーブルを回り、マンガ談義に花を咲かせておられました。

で、少し落ち着いたこともあり、パーティーの記念品を確認してみるとこれがびっくり。
まずは先生の最新同人誌「風雲児外伝14」、それとあすなサイトの「あすなひろし作品集12」。
そして先生キャラの入った金太郎飴。
大口君が彫られている創作切子。
極めつけが「お楽しみはこれもなのじゃ」をもじってお祝いの言葉を冊子にした「お楽しみをもうひとつ」。
この冊子の中身がすごいったりゃありゃしない。みなもと先生と交流のある先生方のお祝いの言葉&イラスト。

ここで、ハタっとひらめいた私は、この冊子にサインを貰うことにしました。
まずは裏表紙にみなもと先生のサインGET。続いてとり・みき先生、夏目先生、高信太郎先生、高室先生、工藤画伯、坂本ハヤト先生、アシスタントのないとう先生、とそれぞれのページにサインしていただきました。惜しかったのはバロン先生やそのほか諸先生も二次会にお見えだったのですが、サインGETを思いついたのが午後11時を回っておりお帰りになったあとでした。
そうそう、劇画界の超大物平田弘史先生はご参加いただく予定でしたが、連載作品のネームが遅れているため参加できず、と毛筆のお手紙を頂きました。平田先生は達筆でいらっしゃいます。

さすがに深夜になると睡魔には勝てず、空いている長イスで30分ほどごろ寝をしたりしていました。本当に参加された皆さんの元気さと話の濃さにはついて行けません。
午前5時頃、事務局の高橋さんが「今後はみなもと先生観察会を年一度開催したい」と提案。満場の拍手の中、二次会はお開きとなりました。

実に楽しく、有意義な時間を過ごせました。
みなもと先生、これからもお体をいたわりつつ、パワフルにご活動下さいませ。

2007年9月27日 渡辺活火山


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